お侍様 小劇場 extra 〜寵猫抄より

   “日々是平安?”


急な春めきに急かされたはずが、
そのままこちらも早々と芽吹いた緑がまだ柔らかいのへ、
きつい遅霜が襲ったり、所によっては雪まで降りかかるという、
今年は何とも妙な天候の巡りであるようで。

 『今年と限ってもないよな気もしますがね。』
 『さようさの。』

土の地面が減ったと同時、少なくなったはずだったのが、
ここ何年かは、都内でも積雪が当たり前という冬に戻って来たようだしと。
大きな背中まで延ばした蓬髪に、顎にはお髭という、
いかにもな風体の作家せんせえが しみじみと口にしたのへは、
そうですねぇと大人のお顔で感慨深くなれたのだけれど。

 「?? ?」
 「みゅう?」

さすがにこの暖かさでそれはなかろと、
先日片付けてしまったコタツがあった場所で。
それぞれキャラメル色と漆黒の毛並みした小さな仔猫らが、
何かしら探すかのように、
相手を呼んでか にぃみぃと鳴きながら、
ラグの上へお鼻を擦り付けているのを見たりすると、

 “う〜ん、まだ早かったかなぁ。”

などという、微妙な母心から胸がつきんとしてしまう、
困った敏腕秘書殿なのも相変わらずの、
こちらは島田さんチのリビングでありまして。

 「何でも、青森の弘前城の桜も例年より遅いくらいだとか。」
 「あれまあ。」

GWの突端こそ、どこの行楽地にも笑顔が絶えなんだ上天気、
気温も上がっての初夏を思わす気候になっての、
汗ばむ陽気だったのが。
真ん中の平日に切り替わった途端、
いきなり三月半ば並という寒さが戻って来たものだから。
遅霜なんてまだマシで、こんな時期に雪まで積もったところもあったほど。

 「北海道のあちこちは、
  桜も北上して来ての、花にあふれる書き入れどきだってのに。
  雪に埋もれてさっぱりだったなんて声も聞かれましたしね。」

暖かくなったのが早かったのこそ、
やはり番狂わせであったのだよということか。
本来は三月半ばまでそれを繰り返す寒暖の行ったり来たりのはずが、
今年はいきなり四月に直結したいかのような尚早ぶりだったのもそういえば、
同じような“順不同”ぽい巡りだったよねぇと。
まずは喉を潤してくださいなという煎茶を出し、
次にはまろやかな甘さも優しい、ミルクティを用意して来た七郎次だったのへ、

 「そうそう。今日はこっちも持って来たんですよ。」

勘兵衛が執筆している小説月刊誌の、専任担当である林田さんが、
どうぞと差し出した無地の紙袋には、
シックな色合いの包装紙にくるまれた、四角い包みが入っており。
何でしょうかと受け取った七郎次、
テーブルの上へ取り落としそうな意外な重さへおややぁと瞠目したが、

 「あ。これってもしかして、三国屋のハムじゃあないでしょかvv」
 「ピンポ〜ン♪」

ご進物の包装紙、新しいのへ変わったのですねと、
実はご贔屓なればこそ、
一見しただけじゃあ判らなかったのは、
ちょみっと悔しいけど それを消し飛ばすほど嬉しいと。
そこは正直に、甘い笑みを口元へとこぼした美丈夫さん。

 「お取り寄せ出来るはずが、連休中は品薄ですって言われたんですよぅ。」

そこが残念でと付け足せば、
でしょうねぇと、林田さんが深々と頷く。

 私は特集の取材にくっついてのたまたま、
 鎌倉の本店まで行ったんですが、
 行列が出来ようかってほどの繁盛ぶりでしたものと。

有名ハムのメッカ、鎌倉のにぎわいの中にいたらしいこと、
しみじみと語って下さって。
あ、お代はいかほどでしょうか?
いやいや、いいんですよ、陣中見舞いのようなもんですと。
いつもの手土産のケーキのように言って下さり、

 「島谷せんせえ、これもお好きと伺ってたもんで。」

その場に居合わせたその瞬間に、
そういえばとタイミングよく思い出せたこと、ぞわぞわっと嬉しかったのが、
ああこれが担当者魂かなんて重ねて感動しましたしなんて。
にっこり微笑って下さる、やさしい愛想のよさなのへ、

 「いつもすいませんね。」

お取り寄せ出来ないとなると欲しくなるもの、ましてや…と、
何か言い掛かり、ふと周囲をキョロキョロ見回したのは、
当の本人に聞かせたくはないこと言いたいか。

 「? 何ですか?」
 「いえね。」

只今 鋭意執筆中の壮年せんせえは来ないようだと確認してから、
つややかな金の髪も白皙の頬も麗しい、
美麗な秘書殿が口を開いて言うことにゃ。

 「先だってもここでホットプレート焼肉をしたんですが。」
 「…それはまた。」

この、絵にもかけない麗しさをたたえた美青年と、
あの、知的で重厚、和装に丹前羽織って腕を組み、
眉間にしわ寄せる姿が苦もなくポンと浮かぶ…な 偉丈夫作家殿とが。
家電製品の極み、家庭的にも程があるホットプレートを挟んで、
ウチナカ焼肉をしたんですよというのが
まずは何とも言葉が出ぬほど衝撃だったらしい林田さんなのへ、

 「いや、まだ何も…。」

呆れる事実という“本題”にはまだ触れてませんよと。
もしもしと七郎次から声を掛けられたお約束はともかくとして。

 「いやもう、食べさせ甲斐があると言いますかvv」

鍋奉行とも ちと違う、焼き将軍に徹したのが楽しかったらしい、
やはり“おっ母様属性”間違いない秘書殿。
白い両手で頬を押さえて、そのときの楽しさを思い出しつつ、
嬉しそうに語って下さったのが、

 『勘兵衛様、ロース焼けましたよ。』
 『うむ。』
 『ほら、クロちゃんも食べてますか?』
 『にあvv』

柔らかい目の薄切り肉から、
カルビにハラミに、ロースにハムに。
勿論のこと夏野菜に、
それとは別のサラダと、若竹煮というラインナップで。
程よい焼きようと、万が一にもチビさんたちが舐めぬよう、
タマネギ成分はないのを自家製で作った甘辛タレにて。
一家団欒を絵に描いたような図、夏の陣という案配で、
楽しい焼肉と相成ったのは、実は特に珍しい運びでもなく。
ご亭主への給仕役は勿論のこと、
おチビさんたちのお口のサイズに合わせてのこと、
キッチンばさみで肉だのソーセージだのを小さく刻んでやったり。
放っておけば熱いプレートへじかに口をつけかねぬ、
暴れん坊将軍の久蔵ちゃんへは、

 『にゃっ♪』
 『ああこれ、待ちなさいって。』

小さなお口へ手づからのいちいち、
柔らかい肉やらハムやらを運んで差し上げ、
食べ過ぎてしまわぬようにと調整してやらにゃあならないの、
忙しいけれど幸せ〜vvと堪能しておれば。

 「ハムが最後の一切れとなりましてね。」
 「お?」

絶妙なバランスの脂身も甘い、
ご一家全員が大好物のボンレスハム。
買い置きのを出したのがとうとう最後だと、
それを告げた途端。
勘兵衛様がおやというお顔になったは 此処だけの話と念を押し。
それだけ実はお好きだからでもありましょうし、

 「果たして言葉が通じているものか、それとも空気でそれと察したか。
  久蔵までもがプレートをじいと見やってしまったものだから。」

当人同士がどこまで意を合わせての(?)睨めっこになっていたやら。
一端の落ち着き払っておいでの大おとなと、
手の中へくるみ込めるほど小さな仔猫とが、
同じ獲物への一騎打ちという構図になりかかっていたのが可笑しくてと。
思い出しての今もまた、くすすと微笑った七郎次、

 「ハサミで均等に切り分けて、コト無きを得ましたが。」
 「ははあ、それはまた……。」

それこそお付き合いの長さゆえ、
何とはなく想像出来る図なのが苦笑を誘うか、
平八さんまで“うくく…”と吹き出しかかっておれば、

 「にあ?」

おコタの捜索はあきらめたのか、
小さな弟分と絡まり合うよにじゃれ合って遊んでいた明るい窓辺から。
たったかと後脚をリズミカルに弾ませて、
おっ母様の手元までをやって来たキャラメル色の仔猫さん。
可憐なまでに小さいお手々をちょいと乗せ、
そこにあった四角い包みをくんすんと嗅いでみたものの、

 「みゅう?」

野生に近い仔猫には、
真新しいという印刷インクの香りのほうが強かったものか。
何が入っているのかさっぱり判りませんと、
やたら小首を傾げるものだから、

 「〜〜〜〜〜。///////」
 「相変わらずですねぇ、シチさん。」

ぽあぽあの毛並みをした小さな仔猫のいとけない所作へ、
声が出ぬほど悶絶しておいでの美青年なのへ。
性懲りもなくと、
今度は彼自身へも苦笑が絶えなんだ林田さんだったらしかったものの。

 “まあ、あの愛らしさではな。”

実は実は、
ふくふくした頬に、けぶるような綺羅らかな金の髪した天使のような幼子の、
うるうるした双眸を真ん丸に見開きつつの、
何でどうして?という、そりゃあ愛くるしい所作だもの。
小さくてか細い腕でよいちょと登って来、
お人形のように小さなお手々で、シャツの胸元にてんと手をついての
何なに・なぁぜ?なんて やらかされちゃあ、

 “シチでなくとも ぐらりと来ようぞ。”

内緒で先日の笑い話を明かされたことも、まま、この様子と折半かのと。
大目に見てあげようという寛大な御主の足元からは、
今は小さな姿のクロ殿が、
こちらも困った甘甘な主人よと、
にぃと苦笑を思わす笑いようにて、こそりと鳴いて見せたのでありました。




   〜Fine〜 13.05.05.


  *何とかアウトドア日和に戻ってくれた子供の日で、
   ウチでも若いお母さんたちが、
   庭先でバーベキューと洒落込んでおりますです。
   そういや、あったな炭火のセット…。
   鎌倉のハムというのは、関東では有名だそうですね。
   牧場でもあった名残りかな、横浜も近いですしね。

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